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M&Aにおける時価算定の実務

不動産や機械設備の評価(バリュエーション)ならいちばんお役に立てるところなのですが、それ以外の契約書の作成や売買に当たっての交渉についてのオファーをいただくこともあります。   今回は時価算定、なかでも機械設備の時価評価について取り上げてみます。  

機械設備の時価評価はできます!

このコラムで何度も書いているとおり、日本では機械設備の評価基準や評価人資格は国家レベルでは整備されていません。海外でも不動産については公的な評価基準や評価人資格は用意されているものの、日本同様それ以外の評価基準や評価人資格が設けられている国は少ない状況であり、米国鑑定士協会の評価基準や国際評価基準(IVS)で定められた評価実務が世界的にはスタンダードになっています。 残念ながら、こうした情勢に精通されている方は少なく、機械設備の鑑定評価はできないとお考えの方も多いのが現状です。

そのような中で、いろいろなツテをたどって我々にご相談いただいたり、評価の御用命を戴けることは大変有り難いことであり、感謝しております。 機械設備の価額としていちばん使われているのは簿価ではないかと思います。 簿価は貸借対照表上の固定資産の価額です。貸借対照表は会計上の書類であり、会計は企業の経営成績と財政状態を明かにするためのものであり、貸借対照表上の固定資産の価額は次期以降に損益計算上の費用として計上することになる「未償却残高」であることが一般的です。すなわち、貸借対照表上の固定資産の価額は損益計算上の備忘額であり、資産の時価として評価されたものではありません。では、なぜ簿価があたかも資産の評価額のように使われているのかと言えば、大まかで言えば時価に近いものであるからです。 ただ、会計は納税のための利益・損失の把握が目的とされることが最も多いため、税法上で定められた基準が広く一般に浸透しています。 固定資産については減価償却によって毎期一定額以上が費用化され、損益計算にまわりますが、税という性質上、平等性が重視されますから、企業の個別事情は考慮されず、また、納税額が過大にならないよう、償却の期間は短く、償却ができる範囲が大きく(限りなくゼロ円に近い1円)なっています。時価評価では使用可能な資産について明確な理由もなくゼロ円の評価をつけることはないですから、評価で算出される時価は簿価とは異なり、一般的には簿価より高い価値として評価されることになります。

M&Aの場合の機械設備評価の特徴

M&Aの場合の機械設備の評価は、現況のまま継続使用されることが前提になります。ですから、市場で売買されている中古機械の市場価格とは必ずしも一致しません。 機械を買ってきても特に産業用のものはすぐに使えるというわけではありません。設置を行い、試運転でしっかりとした製品が作れることを確認した上で初めて生産を開始できます。 また、生産の過程でも製品の改良や生産性の向上のために改良がなされることもあったり、法令でメンテナンスや定期的な部品の交換を求められる場合もあり、機械設備の時価を求める場合にはこうした点についても配慮が必要になります。 評価を行う際の評価対象の確定も、評価を行う上での重要な作業のひとつです。 「工場まるごとの評価」といえども、隅から隅まで余すところなく…といったことは不可能です。 細かな工具や、食品工場で使う番重や運搬用のパレット、コンテナを一つ一つ数えて確認したりしてはいつまで経っても現況確認に時間をとられ、評価の作業に移ることができません。ですから、評価のやり方にも工夫が必要です。重要なものは丁寧に、重要性の低いものは評価対象としないか、簿価を評価額にすることもあります。実際のところ品目数では2割程度のものが、価値的には8割以上という場合が多く、評価にかかる時間やコストの縮減のためには、評価方針の組み立てが重要になってきます。 M&Aは、企業の売買であり権利移転が伴いますから、どこからどこまでが売買対象になるのかを把握しておくことは重要な調査のひとつになります。評価においてもどこまでが売買対象になるかを当然意識します。売買対象にならないものは評価しても意味がありません。そうした点ではデューデリジェンス(DD)と重なる部分があります。

専門家としての役割

M&Aのバリュエーションには売手の通信簿としての意味があるといわれることもあります。大企業のM&Aはインカムアプローチが主体で、ディスカウンテッド・キャッシュフロー法(DCF法)などが主に用いられます。DCF法は中期的に毎期の純収益の将来予測を行い、各期の純収益を現在価値に割り引いた額の総和と投資期間終了後の売却予想額の現在価値を合計した額で求めますが、割引率の求め方や将来予測の難しさの問題から、中小企業のバリュエーションでは用いられることは少なく、コストアプローチの一つである純資産法が用いられるケースが多いのが特徴です。そのため、その主な構成要素となる不動産や機械設備の時価評価が重要になってきますが、中小企業経営者にとっては今まで築き上げてきた大切な事業資産の売却に近いものであり、その価額が「社長の退職金替わり」「売手の通信簿」等とも言われるのです。

だからといって、情緒に流されて説明もできない価値を付けるようなことを評価人がやってはいけません。あくまでも評価対象を良く見る必要がありますが、人や物との対話によって価値の端緒となるようなファクターを見つけていくことも大事な作業の一つです。 唯一絶対の答えがない世界で、一つの数字を追い求めていくことは根気と集中力のいる作業です。 評価の専門家として時価を把握できるチャンスがあるのにご存じでない方が多いのは、評価の専門家としては残念なことです。是非多くの皆様のご活用いただければ幸いです。

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